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東京地方裁判所 平成5年(ワ)8144号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  主位的請求

被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地のうち、別紙図面一の赤色で示す部分(一・七四平方メートル)を明け渡せ。

二  予備的請求その一

被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地のうち、別紙図面三のB8、A2、A0、B8を順次直線で結んだ範囲の部分を明け渡せ。

三  予備的請求その二

被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地のうち、別紙図面四のB7、C1、A0、B7を順次直線で結んだ範囲の部分を明け渡せ。

四  予備的請求その三

被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地のうち、別紙図面五のA1、ウ、ア、イ、エ、C1、A1を順次直線で結んだ範囲の部分を明け渡せ。

五  予備的請求その四

被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地のうち、別紙図面五のA1、ウ、エ、C1、A1を順次直線で結んだ範囲の部分を明け渡せ。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1 原告は、かねてより訴外財団法人癌研究会(以下「癌研」という。)が所有している別紙物件目録一記載の土地(以下「原告借地」という。)を癌研から賃借している。

2 被告の父である訴外亡乙山松夫は、別紙物件目録二記載の土地(以下「乙山所有地」という。)を所有していた。

3 昭和二八年七月ころ、原告は乙山松夫に対して、原告借地のうち、別紙図面一の赤色で示す部分(右部分を、以下「甲地」という。)を、乙山松夫は原告に対して、乙山所有地のうち、別紙図面一の青色で示す部分(右部分を、以下「乙地」という。)を、次の条件で交換的に互いに無償で貸し渡した。

(一) 甲地について

使用目的 乙山所有地に存在する乙山松夫所有の建物(豊島区《番地略》所在、家屋番号《略》、木造瓦葺平家建居宅、床面積五五・三七平方メートル、右建物を以下「旧乙山建物」という。)の通行の用に供するため

期間 旧乙山建物の存続する間

(二) 乙地について

使用目的 原告借地上の建物所有のため

4 乙山松夫は、右契約後死亡し、被告が乙山所有地を相続によって取得し、右契約上の地位を承継した。

5 平成三年七月ころ、旧乙山建物が取り壊されたため、甲地に関する使用貸借契約は目的を終えて終了した。

6(一) そうでないとしても、被告は、旧乙山建物を取り壊した後に、鉄骨造三階建建物(以下「新乙山建物」という。)を建築したが、右建物は、その階段部分及び三階部分が、約〇・三平方メートルの面積分乙地にはみ出し、原告による乙地の利用を妨げている。

(二) そこで、原告は被告に対し、平成五年二月一三日に到達した内容証明郵便をもって、右はみ出し部分を七日以内に収去するよう催告したが、収去されなかったので、同年三月八日到達の内容証明郵便をもって、甲地に関する使用貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

7 次の事情からすれば、被告にとって甲地の使用収益をなすに足る期間を経過したというべきであるし、また貸主借主間の信頼関係も破壊されているので、民法五九七条二項但書により、使用貸借契約は終了した。

(一) 契約締結後四一年を経過したこと、

(二) 契約締結当時存在した旧乙山建物は滅失していること、

(三) 甲地の明渡しをめぐって既に一度訴訟が継続したことがあり、また本件訴訟中に被告は甲地をコンクリート敷にしたり、和解も成立しないなど、原告と被告との間には長年にわたって不信の状態が継続していること、

(四) 原告借地の賃貸人である癌研は、被告に対する転貸を承諾しておらず、原告の責任と負担において、被告に明渡しをさせるよう求めていること、

(五) 乙地の一部に新乙山建物が張り出して建築された結果、乙地は原告にとり役に立たない土地になり、甲地の使用貸借を認めることは原告にとって何の利益もないこと、

(六) 被告は新乙山建物のために、甲地以外に別の通路を有していること、

8 原告は被告に対して、甲地に関する使用貸借契約の終了に基づきその明渡しを請求するのであるが、原告は甲地の範囲について、主位的に別紙図面一の赤色で示す部分であると主張し、予備的に、別紙図面三のB8、A2、A0、B8を順次直線で結んだ範囲の部分であると主張し、さらに予備的に別紙図面四のB7、C1、A0、B7を順次直線で結んだ範囲の部分であると主張する。

9 仮に甲地全部について解除が認められないとしても、被告の歩行による通行が可能な範囲の土地について使用貸借関係の存続を認めれば十分である。

したがって、それ以外の土地部分については解除が認められるべきである。

右の見地から解除が認められるべき土地の範囲は、別紙図面五のA1、ウ、ア、イ、エ、C1、A1を順次直線で結んだ部分であり、そうでないとしても図面のA1、ウ、エ、C1、A1を順次直線で結んだ部分である。

10 よって、原告は被告に対して、使用貸借契約の終了に基づき、甲地の全部又はその一部の引渡しを求める。

二  請求原因に対する認否と反論

1 請求原因1、2、4の事実は認める(ないし明らかに争わない。)。

2 同3の事実のうち、原告と乙山松夫(ないし被告)が、甲地及び乙地(但しその範囲は争う。)について交換的に使用貸借契約を締結したこと、原告は甲地を通路として使用させるために乙山松夫(ないし被告)に貸し、乙山松夫(ないし被告)は乙地を原告所有の建物の建築用地として貸したことは認め、その余は争う。

3 同5の事実のうち、被告が平成四年三月旧乙山建物を取り壊したことは認める。

しかし、被告は直ちに新乙山建物の建築に着手し、現在右建物は完成している。甲地の使用貸借契約は乙山の所有する建物の通路として利用するための契約であるから、旧乙山建物が取り壊されたとしても終了しない。被告が建物を建て替えるのは今回が二回目であり、初めてではない。一回目の建替えの際は原告は使用貸借契約の終了を主張しなかった。

4 同6(一)の事実は争う。(二)の事実は認める。

5 同7の事実のうち、(一)(二)は認める。

同(三)の事実のうち、甲地の明渡しをめぐって既に一度訴訟が継続したことがあること(被告勝訴で終わった。)、本件訴訟において和解が成立しなかったことは認め、その余は否認する。

同(四)の事実は否認する。癌研は、被告に対してなんらクレームを述べたことはなく、転貸を黙認している。

同(五)の事実は争う。乙地は現在も原告所有建物(鉄筋コンクリート造陸屋根五階建、店舗・居宅・倉庫)の敷地の一部となっている。

同(六)は否認する。甲地は新乙山建物にとり公道に通ずる唯一の通路である。

三  抗弁

1 原告と被告間の使用貸借契約は、甲地に関しては、乙山の所有する建物の通路として貸すとの目的であり、被告は乙山所有地上に新乙山建物を建築して、甲地を従来どおり通路として使用しているから、いまだ使用貸借契約は終了していない。

2 次の事情からすれば、原告の解除の主張は権利濫用に該当する。

(一) 甲地は、新乙山建物にとって公道に至る唯一の通路であり、甲地を通行できないと新乙山建物を利用することができない。

(二) 甲地と乙地について交換的に使用貸借契約が締結されているところ、乙地の一部は原告所有建物の敷地の一部となっており、原告所有建物の存続及び保守にとって必要な土地として利用されている。

(三) 甲地は原告にとって使用する必要の乏しい三角地であるが、被告にとっては必須の土地である。

四  抗弁に対する認否

すべて争う。

第三  当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実と《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 原告はかねてより、癌研が所有している原告借地を癌研から賃借していた。原告借地の東側に隣接して乙山所有地が存在し、同所有地は被告の父である亡乙山松夫が所有していた。

2 昭和二八年七月ころ、原告と乙山松夫は、協議のうえ相互の便宜に資するために、原告において原告借地のうちおおむね別紙図面一の赤色で示す部分(甲地)を乙山松夫に無償で貸し、乙山松夫において乙山所有地のうちおおむね別紙図面一の青色で示す部分(乙地)を原告に無償で貸す旨の合意をし、それぞれそのころ右各土地を引き渡した。

右合意は、甲地は、昭和二四年ころに乙山所有地の上に建築された旧乙山建物から公道に出るための通路として、乙地は、原告所有の建物の敷地の一部として、それぞれ使用することを目的として成立した。

3 乙山松夫は死亡し、被告が右契約上の地位及び乙山所有地の所有権を承継した。

4 2の使用貸借契約以来、甲地は、旧乙山建物から公道に至る土地として利用されており、被告は甲地の公道に面する部分に門扉を設置して甲地に通行人等が入れないようにして使用していた。

5 昭和六〇年ころ、原告は原告借地及び乙地の一部の上に存在した建物を収去して新たに、鉄筋コンクリート造陸屋根五階建、店舗・居宅・倉庫(原告所有建物)を建築した。原告所有建物の一部は乙地にはみ出て建築されているが、右建物の敷地となっている部分を除く乙地は、それ以来空き地とされ、原告において特段利用することもなかった。

6 平成四年三月ころ、被告は旧乙山建物を取り壊して、新乙山建物の建築に着手し、原告との間に争いが生じたものの、紆余曲折を経て新乙山建物は平成五年五月ころ完成した。

7 原告借地の範囲は、別紙図面二のB7、A8、B1、B2、IP7、IP8、B7を順次直線で結んだ範囲であり、原告所有建物の位置は、同図面のA1、A2、A6、A21、A14、A1を順次直線で結んだ範囲である(別紙図面二は、原告借地の所有者である癌研が所持する原告借地の測量図である甲一〇号証をもとに、本件訴訟提起後に現地を測量した図面である。)。

新乙山建物の位置(但し、その一部)は、同図面に斜線で表示した部分である。

そして、原告借地のうち、原告が被告に貸している部分は、別紙図面四(別紙図面二に基づき作図された図面)のB7、C1、A0、B7を順次直線で結んだ範囲の部分(これが甲地に相当し、その地積は約一・五平方メートル)であり、乙山所有地のうち、被告が原告に貸している部分は、同図面のC1、A2、C6、C2、C8、C3、C4、C5、C1を順次直線で結んだ範囲の部分(これが乙地に相当し、その地積は約五・三平方メートル)である。

なお、別紙図面一で表示された甲地、乙地の範囲と右土地の範囲は若干相違するが、この相違は、主として原告借地の西側の境界線(道路に面する部分)の長さは、原告借地の北西隅の確定した境界点(別紙図面二のIP8)から三四メートルであるのに、別紙図面一は右の長さを三四・二四メートルとしていることにより生じたものである。

8 新乙山建物は、別紙図面四のとおり、乙地の一部にはみ出して建築されている。右はみ出し部分の面積は約〇・三平方メートルである。

一方、原告所有建物はその一部が乙地に対して最大約一一センチメートルはみ出ている。

9 乙山所有地は一筆の土地のうち、西から順に、新乙山建物の敷地、被告所有のアパートの敷地及び第三者に建物所有目的で賃貸している部分に三分割されており、アパートの敷地及び第三者に賃貸している部分は、公道に至る細い道路に接しているものの、新乙山建物から右細い道路まで通行することは、新乙山建物の敷地とアパートの敷地との間に一メートルを越える段差が存在すること及びアパートがほぼ敷地一杯に建築されていることから不可能である。

乙山所有地は公図上は、南西部分のごく一部(別紙図面二のB7の南側付近)において公道に接しているかのように見えるが、その接道部分の有無及び長さは明らかではなく、仮に接道部分が存するとしてもごく短く、その部分のみを通って公道に出ることは困難であると思われる。

新乙山建物は、甲地を公道に至る通路部分として建築確認を得ており、現実にも右に記載したとおり、甲地を通らなければ公道に至ることはできない。(なお、右に認定した事実のうち、原告借地の範囲や乙山所有地の位置など、土地の境界に関する部分は、本件に提出された証拠に基づき本件の請求の当否を判断するに必要な限りにおいて認定したものである。)

二  右に認定した事実に基づき甲地の使用貸借の終了原因について検討する。

1 まず、原告は旧乙山建物が取り壊されたので、使用貸借の目的が終了したと主張する。

しかし、原告と乙山松夫との間に締結された使用貸借契約は、直接には当時乙山所有地の上に存在していた旧乙山建物から公道に至る通路として使用することを目的としていたものの、乙山所有地の旧乙山建物の敷地部分から公道に至るためには、甲地を通らざるを得ないことからすれば、右目的は当時存在した当該建物の通路とすることに重点があるのではなく、むしろ乙山所有地のうち旧乙山建物の敷地部分の上に存在する建物の通路として使用することに重点があると解するのが相当である。

したがって、旧乙山建物が建て替えられた場合も、建物が存在する以上右使用貸借契約の目的が終了したものとはいえないというべきであり、原告の主張には理由がない。

2 次に、原告は、甲地と交換的に原告が無償で借りている乙地に新乙山建物がはみ出していることを理由に甲地の使用貸借契約を解除する旨主張する。

たしかに、前記のとおり、新乙山建物は、乙地に約〇・三平方メートルはみ出しているので、被告は、使用貸借契約によって被告が負っている乙地を使用収益させる義務を一部履行していないこととなる。

そして、前記のとおり、甲地と乙地の使用貸借契約は、別個の土地に関する契約であるものの、同時期に原告と乙山それぞれの利益に沿うように交換的に締結されたものであるから、乙地に関して被告が債務を履行しなかった場合、原告は甲地の使用貸借契約を債務不履行を理由に解除し得ると解するべきである。

3 次に、右解除権の行使が権利の濫用に該当するかを検討する。

前記認定のとおり、甲地は新乙山建物から公道へ至るための唯一の土地であり、同建物が建築確認を受ける際に公道に至る部分とされていること、甲地は、約一・五平方メートルで原告借地全体の面積(公簿面積二〇七・六六平方メートル)からすればごく一部分であって、しかも、原告借地の南側の端の部分に位置する細長い三角形の形状をした土地であり、原告にとって利用価値の乏しい土地であると解されること、乙地の地積は約五・三平方メートルであるのに対し、新乙山建物が乙地にはみ出している面積は、約〇・三平方メートルに過ぎないこと、原告は乙地の一部を原告所有建物の敷地として利用しているが、その余の部分は昭和六〇年に原告建物が建築されて以来特段利用していないこと、以上の事実からすれば、被告にとって甲地の利用は新乙山建物の所有、利用に不可欠なものであるのに対して、原告が甲地の返還を受けることによって受ける利益はさしたるものでもなく、また、被告が乙地の利用を侵害している程度はわずかなものであり、原告による乙地の利用(もっぱら原告所有建物の敷地として利用すること)を妨げるものでもないと解されるので、原告の解除権の行使は権利の濫用に該当して許されないというべきである。

原告は、原告と被告間の信頼関係が存在しないことや、癌研に被告から甲地の返還を受けるよう求められていることを契約終了を支える事実として挙げるところ(請求原因7(三)、(四))、たしかに、原告と被告との間において甲地をめぐって訴訟が提起されたのは本件訴訟が二回目であり、新乙山建物建築の際には紆余曲折があったこと(前記認定のとおり)、本件訴訟において和解に向けた努力が重ねられたが和解に至らなかったこと(当裁判所に顕著な事実)など、相互の信頼関係が希薄であることは明らかであるものの、恒久的かつ抜本的な紛争の解決は、原告、被告及び癌研の三者の話し合いによって甲地及び乙地の利用関係を明確に取り決めることによってしか図り得ないと解されるところ、いまだ癌研を交えた紛争解決に向けた話し合いはなされていないので、原告と被告との信頼関係が決定的に破綻したと評価することはできない。また、癌研が従前から被告が甲地を利用することについて、被告に対して異議を述べたことを認めるに足りる証拠もないから、癌研の意向を強調して解除を肯定することもできない。

4 さらに、原告は甲地の使用貸借契約は、使用収益をなすに足る期間を経過したと主張する。

しかし、前記1のとおり、甲地の使用貸借契約の目的は、乙山所有地のうち旧乙山建物の敷地上の建物の通路として使用するところにあり、右敷地上に新乙山建物が現実に存在し、甲地以外に公道に至る土地が存在しない以上、契約締結以来約四二年が経過したとはいえ、使用収益をなすに足る期間が経過したとはいえないことは明らかである。

5 なお、原告は被告の歩行による通行に必要な範囲の土地以外の土地部分については、解除が認められるべきである旨主張するが、前述のとおり、原告による解除権の行使は権利の濫用に該当することからおよそ許されないのであるから、一部に限って解除を認めなければならない理由はない。

四  以上のとおり、原告による甲地の使用貸借契約の終了の主張はすべて理由がないから、その余の点について検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

よって、原告の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野憲一)

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